なまら春友流

ラーメン屋店主兼ブロガーの春友がラーメン、ガジェット、日常について書くブログ

全国の顔も名前も知らない人に自分のラーメンを食べてもらう方法とは?「ローマ法王に米を食べさせた男」

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Kome



何かを新しく始める時って不安に押しつぶされそうになる。
だけどその不安を理由に「やらない」という選択は長い時が経過した後に振り返ると「失敗の経験」よりもたちが悪い。
後悔という感情しか残らないから。

『可能性の無視は最大の悪策である』

上述の言葉は著者である高野誠鮮(たかの じょうぜん)さんが本書で一貫して述べられている言葉です。

私は自分のことに置き換えて読みましたが、国家公務員の高野さんは過疎の農村をなんとか立て直すということを命題としていました。
『役に立つのが役人』だという使命をもって。
だから農家の人々にヤル気を持ってもらわないといけない、そしてその方法を戦略を立てて徹底的に愚直に実践してゆきます。

何かを本気でやりたいと思っている人、新年になり気分が前向きで高揚している人(笑)は必読だと思いますよ。
僕にとってはバイブルとなりました。

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ローマ法王に米を食べさせた男 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?
by カエレバ

可能性の無視は最大の悪策である

高野さんの一貫したテーマが可能性を無視してはいけないということ。
はじめから「できない」「やれない」「失敗したら責任は誰がとるんだ」などの可能性を無視することが一番問題ということを一貫して伝えています。
ローマ法王に地元でとれたお米を食べてもらうっていうことは普通の人なら考えもしないことでしょうが、実際に手紙を送って打診している。
僕が一番驚いたのがローマ法王に手紙を送ってもいいんだといったのが実はこの本で一番ガツンときたところでした。
こんな発想はなかったです、自分の中でそんなことしちゃいけないって思ってるんですよ、常識として。
でも常識って何?自分の中で勝手に決めた(というか思考停止していた)部分を思いっきり取り外してもらった感じがしました。

村から人が1万人出ていくと自分の村のセールスマンが1万人増える

この発想も本当にびっくりしました。
過疎の村の現状をこのように考える人はほとんどいないと思います。
例えば、羽咋(石川県はくい市)みたいな過疎の村じゃなくて前向きに出てゆく人の場合は自分の故郷が好きだと人にも言えると思うし、出ていかれた街の人も前向きに送り出すことができる。
過疎じゃないですからね。

でも、過疎の村の住民は若者の流出をこのようには捉えられないんです。
そして自分が外に出た時も自分の故郷を胸を張って言えなくなってしまう。
でも、生まれ育った故郷が嫌いな人はいない。
で、出て行ってしまうのは単純に収入が低かったりするのが原因で、そこには明確な理由があるんですよね。

高野さんの発想はその離れていった人達を自分の故郷のセールスマンと思えるところ。
いやぁ、びっくりしました。

外堀作戦

情報の取り扱い「外堀作戦」
どういうものかというと、人は自分の子供の悪いところはいくらでも言えるけれど良いところはなかなか言えなくて、実は近所のおばちゃんのような第三者がいちばん自分の子供のいいところを知ってて、それを伝え聞いた親は自分の子供のいいところをより理解する、みたいなこと。
外から、他の人から聞いた方が効果が高いということですね。
だから第三者の人が言いたくなるような戦略を練ってゆく。
で、当然その主力製品のお米なんかは抜群に美味いんですよね。
なので評判をうまく使ってゆく。

これね、営業マンならものすごくよくわかってて、優秀な上司が部下のことを判断するのって外でいい評価をされている部下なんですよね。
だから外での仕事を頑張る、そして社外で「あいつはできるやつだ」って声が上がる。
そうなるとそれを聞いた上司は悪く思うわけないですよね。
そしてそれが社内評価にも繋がるっていうカラクリです、単純ですよね。
仮に数字を短期的に上げられなくても外での評価がいい営業マンって確実に長いスパンでは成績を残すものですし。
で、いい上司ってちゃんとそこのところがよくわかってる。
で、そういう上司はやっぱり最初はそうでもなくても後から社内でもいいポジションになっていくんですよね。
ぶれないっていうかね。

責任の追求は何も生み出さない、発想を変えよう

大金をかけたポスターが駅の広告規約に引っかかって貼れなくなった。
ポスターがただの紙切れになった。
でも責任は追及しない、っていうか責任の追求をしたところで何も生み出さない。
そんなことをするんなら発想を変えよう。
ただ捨てるくらいなら売ってしまえ!
そこにも実際に行動にうつせるかどうかがキモなんでしょうね。

必要な人材はとにかく必要とされる

30歳で羽咋(はくい)の臨時職員になって、5年間働き続け35歳で吏員として正式に採用されるとか、やっぱり普通じゃない著者。
でも必要な人材っていつでもどこでも必要とされるんだと思います。
著者が書かれているように「役に立つ人」になるか「どうでもいい人」になるか「役に立たない人」になるかはその人がどうなりたいか次第なんですよね。

個人的にも30歳を超えてから企業の派遣業務から公務員に引っ張られた友人がいたのですが、公務員というか必要とされる人材って年齢とか場所とか実はそんなに関係ないんだなってのは実感としてあります。

食については各家庭でもきちんと考えていかないとね

自然栽培でできた野菜は腐るものじゃなくて枯れるもの。
で、腐るものに虫が付く。
虫が食べちゃいけないと警鐘を鳴らしてくれている。
これは本当にはっとしました。
普段口にいれるものはどういうものが良いのかきちんと考えないといけないな、と。

韓国のある会社が作ったキムチにノロウィルスが混入していた問題など、なかなかマスコミが大々的に取り上げてくれない問題もありますし、しっかり個々人が食については考えないとなぁ、と個人的には思っています。
食は全ての基本だと思っていますので。

最後に

とにかく発想の転換が大事だと思いましたし、森羅万象全てを自分の体の一部として考えるということができるか?ということは重要だと思いました。

害虫がいるから駆除してしまえ、ではなくて害虫を自分の左腕と考えてなんとかうまくやる方法を考える。
害虫がついた原因を考える。
自分の左腕が悪くなった(害虫がついてしまった)からと自分で切る人はいないですからね。
この言葉も本当にハッとさせられました。

そして人に何かをやってもらいたかったら自分でやって見せるしかない。
これって親として子供に見せる背中もそうですよね。
今までなんとなくですが思っていた「全てのことを自分の一部として考えてゆく」っていう考え方はこれから自分の根幹になっていくものだと改めて思いました。

そして、2013年、新年を迎えた今だからこそ読んで欲しい本だと思いました。
もうなんか気合がみなぎるというか、柔軟な頭でいようと、ね。
一年の始まりをワクワクしながら過ごしたい人は必読です。
めっちゃ面白いですよ、この本。

『可能性の無視は最大の悪策である』

ローマ法王に米を食べさせた男 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?
by カエレバ

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