なまら春友流

ラーメン屋店主兼ブロガーの春友がラーメン、ガジェット、日常について書くブログ

脱サラしてラーメン屋を始めて予想と違いすぎた5つのこと

らーめん春友流 店主の春友 (@spring_friends)です。↑横浜戸部の時の看板、懐かし〜

今日のエントリーは、2017年5月に書いていたものなんですが、年末だし、脱サラしてラーメン店を開業してなんとか丸5年経過できたこともあり公開してみます。
多少借り入れした金額や金利、上手に借りる方法についても触れてます。

いや、実はブログネタに困って昔の下書きとか探ってたらなんか案外ちゃんとしたこと書いてたりしてたんでそのまま原文で掲載します(笑)

ただ、1点、以下の文章で出てくる商工会議所なんですが、起業する前の人も会員になれます。
これを知っているか知らないかでお金の苦労は相当に変わります。
商売をしている人はわかると思いますが商工会議所は国の日本政策金融公庫からの借入となるので金利がめちゃくちゃに低いです。

この本を読むとより詳しくわかると思います。

起業する前に商工会議所は知っておいたほうが良かった、と今でも思っています。

思いっきり話が逸れましたが、ここから表題の「脱サラしてラーメン屋を始めて予想と違いすぎた5つのこと」始まります。

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↓ 以下から2017年5月に書いた文章です。

机上の論理と現場は違います。脱サラしてお店を始めて真っ先に思ったこと。

開店直後の盛況っぷりも予想外、その3ヶ月の閑古鳥も予想外。

ラーメン店で修行して、そのままの流れで独立開業する人はそれほど机上の論理とは違わないのかもしれない。でもサラリーマンをそれなりに続けてて、まわりから夢溢れるように見える状態で始めた脱サラ組は全く違います。ちょっとというかかなり浮かれてるから。まずそこを肝に命じでおく必要があると思います。

私の場合は、20歳から26歳までラーメン屋。26から39まで医療機器の営業マンとしてのサラリーマン。

39歳で脱サラしてラーメン店「らーめん春友流」を開店しました。

予想と違いすぎる客の入り

世の中の人は多種多様な時間や都合や関心で動いている。

机上の計算なんて初日からわからなくなって浮かれて割と早い時期(3ヶ月後くらい)に地獄を見ることになる。

地獄っていうのはまるっきり机上の計算が当てはまらなくなった時。

ちなみに自分の机上の空論は、「初めの数日はそこそこ忙しくて」、「その後多少の変動もあるけれど」、「美味しいものを作っていればお客さんは少しずつ右肩上がり」って思って机上の計算をしていた。

で、実際は、「初日から3日間は予想だにしないほどの大行列」、2週間後くらいまではこの状態が続いて、その後「日によってのムラが目立ち始める」、「3ヶ月後には見る影もない状態」、机上の計算で行くのと真逆な状態になっていました。

この時点では「醤油らーめん」のみのご提供。醤油らーめん一本でいけると思っての机上の計算。

2013年6月にオープンしたのち、2014年2月まで今はウリになっている味噌らーめんはありませんでした。

で、味噌らーめんを提供するまでの間が一番危険でした、経営的に。

2013年6月から2013年9月までの3ヶ月間は新規開店特需。後半はだいぶ日によってムラがありましたが、当時の私のブログの人気もあって遠方から来てくれる人が多数いらっしゃいました。

でも、寒くなってくる時期にお客さんが増えなければならないラーメン屋なのにどんどんと減っていく恐怖。

正直作っているラーメンスープも迷いから試行錯誤しすぎてムラだらけになっていた時期でもありました。

この当時に来られたお客様には申し訳ない気持ちがすごくあります。そして、もう一度食べてもらいたい気持ちもあります。

ただ、にっちもさっちもいかない状態になっていたので新メニューの味噌らーめんを出すしかないという結論になり、スープのムラも抑えつつ味噌らーめんを試作し始めました。

ただ、この時は運営資金としての借入金もそこそこ借りることができていたのでなんとかなるはずだ、と思っていたのも事実。

実際は妻から聞くと全部の貯金を切り崩していてなんとか暮らせていた状態とのこと。後から聞いて、なんでその時言ってくれないの?と。でもまぁ、言えないよね、そりゃあ。

この時点ではまったく売り上げのコントロールができていなかったです。

営業時間を長くすればお客さんは来るのか?(閾値を越えれば間違いなくそうだけど)というところと、体力との相談と、モチベーションの関係性とかいろいろ考えたり。

で、長々と書いてますが、こっから本番です(笑)

実際に脱サラして始めたラーメン屋で自分の思ったことと違ったことの5つです。

1. 机上の計算ではない!

散々上に書いていますがそういうことです。

お客さんありきの商売で計算通りにいくわけないです。悪い意味でもいい意味でも。

たぶんみんなそのお客さんありきなんだけど自分でなんとかコントロールしたいと思いつつ頑張ってるはず。

コントロールって言葉に語弊はあるのかもしれないけどみんな目指しているところかなぁ、と。そのバランスを常に探っているっていうことはまさに今になって実感として身に沁みてきたところです。

始めたばかりの時ってわからなかったところです。

ここに関しては書けることがまだ少なすぎるのですが、これからも書いてゆきたいです。

2. 家族に手伝ってもらっている

家族に手伝ってもらうことはないから、と説得して始めたラーメン屋。

今ではどっぷりと手伝ってもらっています。

これに関しては本当に妻に申し訳ないし、自分の力不足と認識不足と、人件費の高さと、子供の教育が難しいとかいろいろ感じながら、最適解を求めて奈良に移転しました。

同じベクトルってほんと大事。だから逆に家族の協力を得られたことで今に至っているのは間違いないです。

だから、せっかく脱サラしてラーメン屋になったのだから協力してくれてる家族には感謝しかないですが、バランスと本音と建て前と意志とが狂うと一瞬で崩壊しそうな危うさは常にあったりします。商売してる人はわかると思いますが、水ものですよね、商売は。

そこを水ものにしないようにどうすべきか?ってことは常に考えているけど答えはなかなか出ないですね、考え続けるしかないんですよね。

3. 子供との時間がまったく無くなった

売り上げがいいと気前良くなります(オープン初めの3ヶ月間)が、一転すると余裕がなくなりました。

子供と接しても常にお店のことでの金銭的余裕が無くゼロか100かくらいの感覚でいたと思います。

そうすると子供は面倒な人(余裕ない人)には近寄りませんよね。

子供との時間が取れなくなる、たまに子供と触れ合う、余裕がない私、子供にしたら迷惑。そんな状態がおそらく開店してから2年目の状態だったように思います。

子供との時間が無くなるって忙しいからということではないんですよね。気持ちの余裕と金銭的な余裕。忙しいって「心が亡く」ですもん。

それを本意ではなく逆説的にでも知ることができたのも子供と接していてめっちゃ楽しい今があるからなんですが、この点は本当に幸せです。今も金銭的余裕は無いですが(後述しますが利息が高い借り入れは大変)、ちょっといろいろ自分の内面が変わってきている感じはしています。

そういう意味でも奈良に来て良かったと思っています。

4. 借入金は最小に!

借入金は最大に借りれる額を申請しない方がいいと今は思っています。

特に5年後、6年後までは普通に見据えてて、だからこそ初期投資!とか思っていてやめることなんてまったく想像すらできていない人(←当時の私ね)。

借入金は最低限に!

ちなみに私は600万円を金利3.8%(無担保、保証人無)で借りて今もヒーヒー言ってます。

返済期間は10年で、月々の支払いは7万円ほど。とにかく総額が高くなります。

ただ、金利を下げるテクニック(要は信頼をどこにするかってこと)もあって、知らなかったんですが商工会議所に登録すること。年間の会費は1万円くらいです。

そうすると、1.13%っていう見たこともない破格の金利で融資を受けられます、入会6ヶ月後という縛りはありますが。ほんとビックリしますが、この縛り期間は日本の伝統なんですかね?

で、借入金は最小のほうがいいと思いますが、利息が0%ならいくらでも借りたほうがいいです(ありえないけどたまに国や県であるのも事実です、条件はありますが)。

3.8%の利息なら借入額は最小で、0%に近づく利息なら借りれるだけ借りてもいいのでは?というのが本音です。

自分の保証がなくても商工会議所のような組織に属すれば信用がアップします。

世の中はそういう風に成り立っていると思ったほうがいいです。こと、お金を調達するということに関して、中小企業や個人事業主は。

5. 住む場所

住む場所はどこでもいいと思うようになりました。

個人的には場所に対するこだわりがなくなります。

商売が、お店がうまくいくならどこでもいいと思うようになりました。場所ありきのラーメン屋でもあるので。ただ、家族はそうではありません。

子供たちの転校は思いのほか大変なこともあったりしました。

結局家族を巻き込んでいたのだし、これからもそうなるということがわかってしまっています。だからなおさら海外にお店を出すか!(予定なしね)とかそういうことも含めて妻や子供と会話したりしています。考えることは自由だし言葉にすると楽しくもなるので。

家族の協力なしに私個人の場合はお店を続けることはできていないのは間違いないです。

なので、家族全員が今後暮らしていくうえでいちばん住みやすい場所はどこか?ということを真剣に考えて奈良でお店を開いています。

奈良に来ることで妻はお店に出なければいけなくなったり、義父と義母には老後の安定した生活を放棄(第二の子育て)させてしまっていますが、当の私がいうのもなんですが、娘(私の妻ね)が帰って来ているのは嬉しいのではないか(妻>孫たち>愛犬>私)ということは実感していたりするのです。

脱サラーメン屋店主のまとめ

商売を始めると予想していたことと違うことしかないと思ったほうがいいです。特に最初は。

これを書いている今は脱サラして開業して丸4年ですが、少しずつうまく回って来ているのかなと(余裕はほんとないんですが)錯覚できるくらいに予想できることも増えてきているなと実感しています。

子供たちの成長や家族の協力の賜物ですが、それでも商売はやっぱり水もの。

でも、データを取りつつこれからも続けていきたいしいけるな、とも感じているわけです。水ものですが。

ということでこういう実体験はこれからも書いていきますので応援していただけると幸いです。

(2017年5月18日に書いた原文です)

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